「不正アクセス禁止法」の制定に際して
                            新潟大学法学部 須川賢洋

 1999年4月、不正アクセス禁止法案が国会に提出された。今会期中には成立する予定で
ある。この法案を法政策的に見ると、対国外的と対国内的に二つの意味を持つものである。
 国外的には、現在我が国には不正進入そのものを規制する法律がなく、そのため海外か
らの捜査共助要請に応えることができないという問題をかかえている。国際捜査共助法に
は、相互の国で犯罪として可罰であることが捜査共助の条件として定められているが故で
ある。そのため過去数回のサミットの度、日本政府は必要な法整備を迫られていたという
背景がある。国際政治的に見れば、同法は次のケルンサミットへの手みやげとも位置づけ
られる。
 さて同法案の国内的な意味づけ、すなわち我々の生活にどう関わってくるかを簡単に述
べたい。現行刑法にコンピュータに関する犯罪が追加されたされたのは、昭和62(1987)年
であり、これは諸外国に比べても決して遅いものではない。ただこの時点では、「コンピ
ュータ情報の不正入手・漏示」及び「コンピュータの無権限使用」については、検討はさ
れたが、結局時期尚早として見送られた経緯がある。そのため現行刑法では、わかりやす
く言うと、コンピュータに進入して、ただ内部の情報をのぞき見たり持ち出したりしただ
けでは罪にならず、犯罪として成立するためには、データの書き換えや破壊行為がともな
われていなければならないという不具合が生じた。これらの問題に対する法的対処を規定
したものが本法案である。本案の成立より、他人のIDやパスワードを用いた進入、コンピ
ュータシステムやプログラムのセキュリティーホールをついての進入などを行った者を懲
役または罰金に処することが可能になる。また同時にID・パスワードを不正に他人へ提供
する行為に対しても罰金を科すことができる。
 ではこれで我が国のコンピュータ犯罪対策は万端だといえるのであろうか。残念ながら
答えは"No"である。今回の立法は刑法そのもの改正ではなく、別法により、コンピュータ
犯罪のほんの入り口の部分に対策を施したにすぎない。今後の課題としては、コンピュー
タネットワークをライフラインの一つとして位置づけた上で、大規模なコンピュータ犯罪、
すなわちサイバーテロリズムまでを念頭におき、システムのインテグリィティそのものを
脅かす行為に対しての、刑法の改正までも視野においた法的対策を検討していくべきであ
ろう。

 (補足1)本法案には「不正アクセス」という言葉が使われているが、この場合「無権
限アクセス」とう言葉を使うことが適当であるという意見を、私を含む関連研究者の主張
として掲げておく。

 (補足2)本問題における昨年11月時点での論点をまとめたプレゼン・シートがここ、に
あります。
                             (稿了 1999年4月28日)